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柏原市堅上地区には、別ページでご案内しております本堂の生安寺、雁多尾畑の光徳寺以外に峠の八幡神社、雁多尾畑の金山媛神社と青谷の金山彦神社、青谷寺がございますので ご紹介致します。
ページ下に寺社マップを添付致しました。


峠八幡神社

【峠八幡神社】 (とうげはちまん)   

710年に都が飛鳥から平城京に移され遷都されてから難波に行くには、三郷町の竜田神社を経て 峠八幡神社前を通り、堅上村・堅下村を通って行く道がもっとも栄えた交通路だったそうです。
そして峠村の八幡宮前の道路付近を「竜田越え」と呼ばれていました。
(参考図書:かしわらの史跡「上」)

峠八幡神社へは、雁多尾畑からも山道がありますがお勧め出来ません。
無難なコースは、JR堅上駅から亀の瀬へそこから峠に行く方が良いと思います。


金山媛神社

【金山媛神社】(かなやまひめ)御祭神 金山毘売神

御祭神の金山毘売神は、奈良時代和銅5年に書かれた古事記によりますと、 伊邪那伎(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)二柱の神様より生れになったと記されてあります。
この神様は元、嶽山の嶺に奉祀されておりましが中世時代に今の場所に遷座されました。
その間八大金剛童子社、俗に山王さん、天王さんとも稱されて来ましたが明治8年に今の社名に 改められました。
当地は古代より鉱工業の栄えた所と思われその守護神として奉祀されたのが初めではないかと 思われます。
(境内にある御由緒より抜粋転載)


金山彦神社

【金山彦神社】(かなやまひこ)御祭神 金山毘古神

御祭神の金山毘古神は、およそ千三百年前(元明天皇和銅5年)に 太安万呂によって書かれた古事記によりますと、伊邪那伎 (いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)二柱の神様よりお生まれ なったと記されています。
この神様は古代、嶽山の嶺に奉祀され ていましたが中世にいたり、今の場所に遷座されました。
かつては山王権現、八大金剛童子社とも称されたことも有りました が、明治8年、金山彦神社と改められました。
古代、当地の嶽山・竜田山を中心とする地域は、製鉄業で栄えて いましたので、製鉄の守護神として奉祀されたのがはじめてでは ないかと思われます。
北方の高地は製鉄を営むのに最も適した風 が得られるところで、風神をお祀りしたと思われる風神降臨の 聖地として御座峰が伝承されています。
文化発展の上からこの地方の製鉄を考えてみると、鉄の重要性が増し てきた弥生時代後期より応神河内王朝に至るまで続けられ、多くの富 を人々にお授け下った御神徳は偉大なものがあります。(神社案内板より抜粋転載)


青谷寺 【青谷寺】(せいこくじ) 

青谷寺には、木造「阿弥陀如来立像」があります。
この像は、融通念仏宗に属する北峰山・青谷寺の本尊で、像高165cm、台座30cm、 等身大の阿弥陀如来像です。
(寺の門前に立てられている柏原市教育委員会の案内板より抜粋転載)

大池 【大池】(おおいけ) 

本堂高井田線で登って行くと青谷地区に大池があり、そこを廻るようにして道路が付いています。
その周辺に「金山彦神社」と「青谷寺」があります。
また道路と反対側の池の辺には、堅上コミュニティ会館も建てられています。
金山彦神社を通って行くと堅上中学、堅上小学校があって金山媛神社へと行けます。

寺社マップ
寺社マップ

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