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清 浄 泉 ・ 石 神 社 ・恩智川源流



清浄泉 【清浄泉】

この井戸の水脈は、生駒山地の地形生成時に生じた 岩盤の節理に沿うもので、岩盤が地表近くなり、 上面に湧き出る清泉水です。今から1300余年前、 このあたりに河内六寺が甍を連ねていました。
その中の「知識寺」がこの井戸の近くにあり、 東大寺の大仏の手本とされた大きな仏像がありました。
聖武天皇、孝謙天皇、弥徳天皇等が行幸され、知識寺 の南には「行宮」が造られました。昔から天皇や僧侶、 村人がこの井戸の水を飲み水として使っていたものと 考えられます。俗説に空海がこの地を訪れて、 この井戸を掘り起こし、付近の住民や農作物を 干ばつから救ったとの伝えがあり今も「大師の水」 として貴重がられています。
この清浄泉は、歴史的に大切なものであると認められ 井戸と水脈を含む地域が大阪府文化財保護条例に 基づいて史跡に指定されました。

清浄泉保存会・柏原市教育委員会提示板より転載

石神社3 【石(いわ)神社】

木が生い茂って昼間でも少し暗いです。
石神社の階段を上がらず左側へ抜けると有名な地層が見える場所があります。


地層

石神社のくす 【天然記念物、石神社のくす】

「石神社のくす」ページへは、↓この画像をクリック

石神社のくす 後ろ

この付近一帯には、「知識寺」と呼ばれる有名な古代寺院跡があり、 地名から太平寺廃寺とも呼ばれています。
奈良時代、聖武天皇や孝謙天皇は、平城宮と難波宮の往来の途中に柏原の地を訪れ、知識寺、山下寺、大里寺、三宅寺、家原寺、 鳥坂寺の六寺に礼拝、礼仏されました。
中でも知識寺にはおおきな盧舎那仏があり、それを見た聖武天皇は、その立派さに感動し、奈良東大寺の大仏を造るきっかけとなりました。
知識とは、仏教を信仰し、寺や仏像を造ることに協力した人のことであり、知識寺は、これら知識によって立てられた大規模な寺院でした。
知識寺は東西に二塔を配する薬師寺式の伽藍配置であったと推定され、東塔跡の一部が過去に調査されています。
出土した瓦から、千三百年以上前の飛鳥時代末頃に創建され、室町時代頃に廃絶したようです。
石神社の境内には、東塔に使用されていた塔心礎をはじめとする礎石が移されています。
平成七年三月      柏原市教育委員会

案内板より転載

石神社境内の広場 【石神社内の水道施設】

石神社境内の南側に石神社南ちびっこ・老人いこいの広場が、出来ました。
広場といえる程ではありませんが、水道設備とベンチがありました。









石神社境内の広場 【石神社内広場のペンチ】
















恩智川の源流の一つ 恩智川の源流の一つです。
山の水が、民家の中を通り流れ落ちています。
パイプを通って下へ、清浄泉、石神社の前を通り、旧170号線沿いを暗渠の中を通り スーパー万代の横に出てきます。
     ↓
恩智川



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