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柏原市ふれあいパーク(玉手山公園)の最も高い所に後藤又兵衛基次の碑があります。

1615年(慶長20年)4月、大阪夏の陣勃発。前年10月の冬の陣の結果、大坂城の堀を埋められた 豊臣方では徳川方に野戦を挑むこととし、5月6日、後藤又兵衛基次が先陣となって二千八百の軍勢を率い、 河内方面に出撃しました。両軍は、玉手山付近で激突、要衝小松山の争奪をめぐって激しく戦いました。
小松山の戦いです。しかし、対する徳川方は、水野勝成、本多忠政、松平忠明、伊達正宗ら合計約2万 もの大軍。衆寡敵せず、後藤又兵衛は重傷を負い、家臣の吉村武右衛門の介錯によって自害し、後藤家も 壊滅しました。その後、真田幸村らの奮戦があったものの、5月8日には大坂城は落城、豊臣家も滅亡して、 徳川家の天下となったことは、周知のとおりです。現在、公園内には後藤又兵衛や吉村武右衛門の碑、 それに両軍戦死者供養塔などが建てられています。なお、小松山とは現在、市立老人福祉センターが 建っている裏手(南側)にある玉手山古墳群第3号墳がその最頂部にあたります。  (石碑の案内板から転載)

後藤又兵衛基次の碑 【後藤又兵衛基次の碑】

ウィキペディア(後藤基次)リンク


後藤又兵衛しだれ桜 【後藤又兵衛しだれ桜】

平成12年2月、後藤又兵衛基次の碑の横に
「後藤又兵衛しだれ桜」が、市民からの寄付により
植樹されました。



小林一茶句碑 【小林一茶の句碑】

後藤又兵衛基次の碑の近くに、小林一茶の「初蝉や」の句を 「西国紀行」の原文から複写拡大して刻んだ句碑が建っています。
小林一茶は、寛政7年(1795)3月、西国紀行からの帰り道、 大阪天王寺に詣り次に河内平野大念佛寺、西国五番札所の藤井寺、 誉田好々亭に数日間滞在し、4月3日に道明寺に詣で玉手山で遊び ました。
(以後省略 柏原市一茶句碑保存会の案内板より転載)





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